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2009/10/21

世界中に愛をワールドメイトの会員を惑わすブログ

世界中に愛をワールドメイト入門」という、一見ワールドメイトがよくわかる雰囲気に満ち満ちたブログがあります。しかし、このブログの管理人も、Nさんと同様に、全く、世界中に愛をワールドメイトを理解していない方ですので、お気をつけ下さい。

まず、「世界中に愛をワールドメイト入門」とうたっていますが、世界中に愛をワールドメイトの教義が、サルでもわかるわけがありません。あまりに、ワールドメイトをばかにしたタイトルなので、ふつうの会員ならば、「悪意のあるタイトルだな」と思って終わりだと思います。ワールドメイトの教えは、奥深く、単純にわかるものではありません。

例えば、ひとくちに算数でも、小学生で習う分野から大学生で専門分野を習う人、また、学者で新理論を発見してノーベル賞をもらう人まで、さまざまなレベルがあります。

神業も、一口に神業理解といっても、本を読んだだけの方から、何十年も超えてきた方、また、リーダーをされている深見東州先生の間には、大きなレベルの差があります。

ですから、「世界中に愛をワールドメイト入門」でいうように、ほとんどの人が理解できないということではなく、入門分野なら誰でも理解できるが、奥深いところは、神業を継続するうちに理解できるようになっていき、深見東州先生レベルとなると、深見先生以外理解できない、ということです。人によって理解の深さの差が出るということです。

入会したばかりの方は、入会したばかりなりの神業理解、入会して3年目の方はそれなりの神業理解、コミッティーや支部代表者は深い神業理解、何十年も会員を続けている方は何十年の積み重なった神業理解と、神業を続けるほど神業理解の度合いが、いっそう深くなっていくのが、ワールドメイトなのです。

神業理解が深くなる前、すなわち悟りの前には、それぞれの人に、乗り越えなければならない壁が出現します。それは、信仰を持って神業に励めば、乗り越えられる壁なのですが、まれに、壁を乗り越えるのを放棄して、神業を投げ出してしまう人がいます。この壁を、ワールドメイトでは、「神試し」と呼んでいます。

入会したての方、入会して3年たった方、コミッティーや支部代表者をされている方、入会して何十年もたった方では、壁の大きさが違っています。

また、人間の気持ちというのは、ころころ変わります。入会当初は、堅固な信仰を持っていても、結婚して幸せになると、「信仰なんてどうでもいいわ」と思ったり、仕事が繁盛すると、「これは自分の実力だ」と慢心したりすることがあります。

「神試し」とは、定期的に神様が、怠りや慢心がないかを、チェックされるものと考えてもらってもよいかもしれません。コミッティーや支部代表者になると、ふつうの会員よりも、「神試し」の壁の高さは大きくなります。神様の御心を取り次ぐ人は、心の奥底まで、純粋に赤誠の真心で行っているかが、問われるのです。

ふつうの会員のレベルでしたら、おかげ信仰でも、自分の都合でもいいのですが、コミッティーや支部代表者となると、「野心」、「怠り」、「侮り」、「慢心」、「我」など、自己中心的な心で信仰を取り次ぐということが許されなくなってきます。

ふつうの会員の時は、問われなかったことでも、コミッティーや支部代表者には、いっそう深い、「赤誠の真心」が求められるのです。

ですから、その「神試し」を超えられず、退会してしまうコミッティーや支部代表者も、若干、過去にいたようです。もともと、その人は、自分の自己実現のために、神業をしていたのが、コミッティーや支部代表者となり、より神の取り次ぎ者としての真心の純度が問われるようになってからあらわとなったということです。

「サルでもわかる世界中に愛をワールドメイト入門」の管理人は、Nさんという非会員が書いた陳述書を精読しないと批判する権利がないようなニュアンスのことを、もっともらしく書いていますが、さーっと読んだだけで、「神業理解が浅いか深いか」は、会員ならば誰でもすぐわかる内容です。精読しても、なんの進歩向上にもならない文書を、読む必要は全く感じません。

ところで、ワールドメイトを退会する人は、必ずしも、神業理解が浅いから退会されるというわけでもなく、おひとりお一人、さまざまな個別の事情があって、退会されます。

宗教、学問、芸術を極める人が、神界に入る方と言われていますが、学問や芸術という分野を極めるのが天命であるという方もいます。また、ワールドメイトに入会されていなくても、他宗教で信仰をされて、宗教という愛を極められる方もおられるでしょう。

ワールドメイトにご縁のある方は、ワールドメイトに入会されて、信仰を深められればいいと思いますが、ワールドメイトに入会されていなくても、天命を全うし、神様のお取り次ぎをされておられる方はおられます。

ワールドメイトは、発展途上の組織ですから、組織運営という点からみると、未熟なところはあることでしょう。しかし、だからといって、ワールドメイトの教えまでも否定する根拠とはなりません。ワールドメイトの教えが理解できる方は、なるほど素晴らしい教えだなと、誰でも当然思われることでしょう。

それを組織として実践していく中で、100%とはいかなかったからといって、「ワールドメイトの教えは嘘です」と安直に言っている人を見ると、理解が浅い方だなあと思うのはふつうのことです。

ワールドメイトが「宗教団体としての、弱者救済の立場に立った、慈悲慈愛の実行」「人道的見地に立った、会員や社会への対応」「社会良識に基づく誠実な対応」を目指して、試行錯誤して発展している団体です。こんな、誠実で良心的な団体はないだろうと思います。

全ては、本物の神様がおられるゆにわであるがゆえに、取り次ぐ人の側にも、純粋な真心が求められるということなのです。
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